ハーグ平和会議と日本国憲法(2)

「憲法九条の定めるように」とはどういう意味かー

浦田賢治  早稲田大学教授、国際反核法律家協会副会長

99年8月29日(日)世界連邦運動協会本庄支部総会での浦田先生の講演(同名)から掲載させていただきました。第1部「ハーグ平和市民会議の成果と課題」は本誌33号に掲載しています(編集部)。

  「基本原則10項目」の採択

 ハーグ平和アピール運動(略称 HAP)は、「公正な世界秩序のための10の基本原則」(略称 基本原則)をとりまとめ、5月15日、ハーグ国際会議ホールで行われた「市民社会会議」の閉会集会で、これを発表しました。この基本原則は、コフィ・アナン国連事務総長、ノール・ヨルダン女王、シェイク・ハシナ首相(バングラディシュ)およびヴィム・コク首相(オランダ)らに手渡されました。基本原則の第1項目には、「日本国憲法第9条が定めているように、世界諸国の議会は政府の行為によって戦争が起こるとを禁止する決議を採択すべきである」と書き込まれました。このことによって、憲法第9条がいまや世界の平和運動の新しい旗印になりました。この点は、HAPの大きな特徴です。HAPは、いまでは、この基本原則を実施する段階に入っています。従って、「日本国憲法」というものの意味をいま、正しくかつ分かりやすく説明しておく必要があるのです。

 それと関連して、HAPとはなにものか、また、それが採択した「公正な世界秩序のための10原則」とはなにかについて、一応の理解をしておきたいと思います。いくつかの特質をあげましょう。

 

  財政:HAPとはなにものか 

 まず、HAPは全くの非営利事業だということです。HAP事務局は5月12日、次の通り発表しました。財源は、約40%が財団からの寄付、20%がオランダを含む政府資金、20%が会議登録料、10%が個人からの寄付、8%がHAPを主唱した団体からの寄付、そして2%以下が企業などからの収入(一種の寄付)である。コーラ・ワイス女史の人的繋がりによる寄付が大きな貢献をした。また、1996年にこの運動を始めたとき、4つの調整団体は、少なくとも200万ドルの支出を見込んだが、これを大きく超える支出はなさそうである。4団体は自前の機器や人材を活用したので、受け取った寄付から、事業費など一切差し引いていない。会長も事務総長も、なんらの報酬も旅費なども得ていない。HAP事務局では300名を超えるヴォランチアが働いた。雇用された者の中で、年間50,000ドルを超える報酬を得た者は誰もいない、という。

 

  会議参加者・基本文書・その実施

 この市民社会会議の構成は、次の3つに区別される企画で組み立てられました。@開会集会および閉会集会これらは、調整委員会と組織委員会で作った。Aコア・プログラム4つの柱の全体会議は、調整委員会と組織委員会で作った。だが、その他のプログラムは、それに止まらず、いろいろな団体が企画し、実施したものを含む。Bグローバル・プログラム参加団体が自主的に企画し、実施。例えば、「ジャパンデー集会」(13および14日)も、その1つ。C周辺の集会青年たちを含め、会場内外で各参加団体が任意に作ったもの。例えば、国際反核法律家協会(1ALANA)臨時総会や、世界連邦運動(WFM)のオリエンテーション集会など。

 また、事務局は最終的に、次の事実を公表しました。約10,000人がこの会議に出席し、そのほとんどが4日間の会議に出た(6月16日付け事務局発表では、9,000人を超える参加者となった)。100ヶ国を超える諸国からきた代表たちによって400を超える企画(討議、作業部会、その他の活動)が催された。その中には、平和の文化を示す企画が多数あった。事務総長ビル・ペースは、会議の核となる文書は2つ、すなわち、会議プログラムおよびアジェンダ会議版であると強調した。80頁におよぶ会議プログラムには、700を超えるNGO、市民社会、国際機関が提起した文字通り数百のプログラム、提案、行動、キャンペーンが含まれている。12頁に書き込まれたアジェンダには、基本項目、主要な行動、および50にのぼる課題が示されている。会議中の討議を反映した提案などが、調整委員会および組織委員会に届けられた後、整理して会議報告書を作成するとともに、アジェンダの最終版を作り、全世界に配布することになっている、という。

 若者と南側諸国からの参加があったことが強調されました。1,500名の若者が参加し、「平和と正義のための若者アジェンダ」の作成に取り組んだ。カシミール、インド、パキスタンの参加者が、はじめてカシミールに関する合意に達した。エチオピア・エリトリア問題で両国からの参加者が、対話を行った。キプロスのトルコ系青年とギリシャ系青年が、「キプロスにおける平和をめざすタイム・テーブル」行動計画案を立案した(6月16日付け通信)、と言っています。

 

 HAPは、6月22日からロシアのセント・ピータースバーグで開かれる政府間会議には、HAPが非政府組織3団体の1つとして、常設仲裁裁判所および国際赤十字とともに出席しました。市民社会が政府と同等の権利を有するパートナーとして参加するはじめての出来事です。また、「ハーグ・アジェンダ」は、「国連国際法の10年」が終わる今国連総会に対して、11月17日、正式に提出されることになっています。「ハーグ・アジェンダ」は、10月にソウルで開催されるNGO国際会議、同じく10月に開催される赤十字・赤新月運動の国際会議、2000年5月22日から26日にかけニューヨーク国連本部で開催されるNGO千年紀会議、その他多数の国際会議に提出されることになっています。

 

  新外交方式

 HAPの4つの調整団体と、70余りの団体からなる組織委員会が作り上げた「市民社会会議」(5月12日−15日)を概観する上で、印象に強く残ったいくつかの事柄を指適しておきましょう。

 まず、HAPの組織者が、あらかじめ認識していることです。例えば、ハーグに集まった平和運動の代表者たちが追求する諸目標核兵器反対のキャンペーンをするために、戦争廃絶を呼びかけること、また、「平和の文化」を創造することを呼びかけることは、対人地雷や小火器の規制の場合とは違う困難さ、非効率さがあるということです。ビル・ペースは、会議に先立ち、次のように述べていました。国連(UN)が会議を開けないから、非政府組織(NGO)でやらざるを得ないのだ。もう1つの理由は、安全保障理事会(15ヶ国)の分裂状態とりわけ5つの常任理事国(P5)の意見の不一致である。特に、98年12月の米英によるイラク空爆、および今回99年のNATOによるユーゴ空爆は、平和の仲裁者としての世界機構のまとまりを崩してしまった。特に、米国による15億ドルの会費滞納で、国連は財政的困難に陥っている。他方、ワシントンは、自分勝手だ。都合のいいときには、空爆をする。国際刑事裁判所でも、クリントン政権は一時これを支持したが、後にこれを変えた、と憤慨していました。

 HAPの「会議」には、12ヶ国の外相、NGOおよびノーベル平和賞受賞者たちが集まりました。ユーゴ空爆問題に対応するため、すでにロシアを含む8ヶ国外相会議が始まっていました。HAPの組織者たちは、NATOの加盟国であるオランダのハーグに集うことと、ここで平和のアジェンダを決めることの間に漂う、一種のアイロニーを認識していました。したがって、全世界から集まる代表者たちが、武器取引の停止、紛争の解決、人権実現の強化をすすめる行動志向的な提案をしてくること、このことをコーラや

ビルは期待していたのだと思います。

 

  開会集会と閉会集会:公正な

     世界秩序を求める基本原則

 しかしながら、開会総会の後、「平和をめざして団結し、コソボ問題で分裂した」と、翌日の新聞論評は書きました。

 ミロシェヴィッチ大統領は国際社会の要求を受け入れなければならないと、オランダ外相ジョチアス・ヴァン・アーツセンは強調。だが、空爆の即時中止を訴えた核戦争防止国際医師会議(IPPNW)共同代表マリー・バンヌ・シュッフォルドは、ロシアは今後数ヶ月の空爆を許容しない、もしこの危機が続けば核兵器による威嚇さえしかねない、と警告しました。この意見を支持した参加者は多数だったと思われます。だが、HAPは、NATOのユーゴ空爆問題それ自体を取り上げ声明を出すことはしませんでした。

 15日午前10時から閉会集会が行われました。ここでは、国連事務総長アナン氏の演説などがありました。ここで、いわゆる基本原則10項目が示されました。この10項目はアフリカの少年たちがグループをつくりまして、1項目ずつ大きな声で訴えかけるという形式を取りました。10項目は、次の通りです。

「基本原則10項目」

@      日本国憲法第9条が定めるように、世界諸国の議会は、政府が戦争をすることを禁止する決議を採択すべき。

A      すべての国家は、国際司法裁判所の強制管轄権を無条件に認めるべき。

B      各国政府は、国際刑事裁判所規程を批准し、対人地雷禁止条約を実施すべき。

C      すべての国家は、”新しい外交”を取り入れるべきである。新しい外交とは、政府、国際組織、市民社会のパートナーシップである。

D      世界は人道的な危機の傍観者でいることはできない。しかし、武力に訴えるまえにあらゆる外交的な手段が尽くされるべきであり、仮に武力に訴えるとしても国連の権威のもとになされるべき。

 ここに、「武力に訴えるとしても国連の権威のもとになされるべきである」と書いてあるように、国連安保理の決議に基づくことなしになされたNATOによる空爆は、名指しこそしていないけれど、それは国際法違反であり、正統性がないという評価を下していると読むことができます。この点は、直ぐ後で指摘します。

E      核兵器廃絶条約の締結をめざす交渉がただちに開始されるべき。

F      小火器の取引は厳しく制限されるべき。

G      経済的権利は市民的権利と同じように重視されるべき。

H      平和教育は世界のあらゆる学校で必修科目であるべき。

I      ”戦争防止地球行動”の計画が平和な世界秩序の基礎になるべき。

 その後、10項目を書いた文書が、コーラ・ワイス会長からアナン国連事務総長らに手渡されました。さらに21世紀に向けて出される平和と正義のための「ハーグ・アジェンダ」(会議版)が提出され、この文書はIALANAの事務局長であるフォン・ヴァンデン・ビーセンからオランダ首相らに手渡されました。ここに集まっている各国の代表は、国に帰ってそれぞれの国の総理大臣・政府に手渡すことになっています。

 

  NATOのユーゴ空爆問題と

     「ハーグ・アジェンダ」会議版

 さて、「NATOのユーゴ空爆を批判する声明が出せなかった」と言って、この会議の消極面を批判する評価があります。例えば、さきほど紹介した新聞論調がその1つです。しかし、それが採択した基本原則第5項目は、間接的な表現でユーゴ空爆を批判した見解であると読みとることができます。ただし、このように、二つの見解が成り立つことになりました。いずれにしても、「ハーグ・アジェンダ」(会議版)の精神と志向を全体としてしっかりと理解することが、いま、大事であると思います。(「反核法律家」第32号に掲載)

 この市民会議の基本文書は2つ。その一つが「ハーグ・アジェンダ」(会議版)で、この会議の大義名分を示し、4つの柱を掲げ、その4つの柱ごとにどういう行動計画が立てられたかを50項目にわたって挙げております。これはHAPの会議に参加した者に示された「会議版」 で、これはこれとして確定した文書です。

 しかし、4日間の会議では様々な提案がなされました。私もジャパンデーのレポートを出しました。これから、この会議の成果をニューヨーク本部でまとめます。「ハーグ・アジェンダ」(会議版)と会議の成果を示したものが、おそらく11月に国連総会に提出される予定だと言っていました。

 もう1つの基本文書は、「市民社会会議のプログラム」です。当日補充が入っておりましたが、700ほどの企画が入っているそうです。閉会総会ではこの2つの文書が基本文書で、その他にはないと言っていました。「ハーグ・アジェンダ」と並ぶ各地あるいは各国の「アジェンダ」を、それぞれの団体や市民が自主的に作ることが期待されていると思います。この意味で、アジェンダの日本語版やアジア版を作ること、それを実施することが大事な仕事になっていると思います。

  「ハーグ・アジェンダ」(会議版)

     の骨組みと組み替え

 HAPの大義名分は、2つのスローガン、@今こそ戦争を廃絶するときだ、A平和は人権だ、に集約されていました。

 実は、私がはじめてHAPの「趣意書」を手にしたのは、1997年11月、ロンドンで開かれた国際反核法律家協会の理事会に出席したときでした。この「趣意書」は、10月に4つの団体、世界連邦運動(WFM)、国際平和ビューロー(IPB)、国際反核法律家協会(IALANA)によって作成されたものでした。

 その趣旨の核心は、「戦争の正統性を疑う」ということでした。これまで、戦争は、「国際紛争解決のため」とか、「国策遂行のため」とか言って始められたけれども、「紛争解決」とか、「国策遂行」ということが、果たして戦争に訴えることを根拠づける理由として成り立ちうるだろうか、こういう疑問を呈するということです。戦争は目的達成のための手段ですが、その手段を承認せざるを得ない、納得できる理由があるかということです。また、ここでは、「戦争が違法である」とは言っていないのでして、それは国連憲章がすでに認めている現代国際法の到達点を明示してはおりませんでした。

 HAPの「趣意書」は、100年前に始まったハーグ国際平和会議(第1回1899年、第2回1907年)の課題と成果にちなんで、次の3点を目標に掲げました。

@      核廃絶を含む軍縮、A国際人道法の

強化、C戦争の根本原因・平和の文化。

 それから、1年あまりかけて議論した後、「ハーグ・アジェンダ」(1999年2月草案)が、「21世紀の平和と正義のためのハーグ・アジェンダ」という名前ででました。それによると、3本柱でなく次の4本柱になっています。@軍縮および人間の安全保障、A暴力的紛争の防止、解決および構造転換、B国際人道法、国際人権法とその強化、C戦争の根本原因・平和の文化です。

 第1の柱である「軍縮および人間の安全保障」には、「人間の安全保障」が入って、「核廃絶」が抜けている。第2の柱である「暴力的紛争の防止、解決および構造転換」では、単なる紛争の平和的解決でなく、「構造転換」が入っています。第3の柱は、「国際人道法、国際人権法および制度強化」であって、「国際人権法」が入っています。さらに大きな変化は第4の柱です。ここに、「戦争の根本原因・平和の文化」というものが新たに入ったことです。HAPが4つの調整団体から始まって、70を超える組織委員会ができて、「ハーグ・アジェンダ」(1999年2月草案)の作成にあたった。その結果こういう展開になったのです。

 この2月草案に対して、日本反核法律家協会は日本国際法律家協会と協同して、両会長の名前で意見書を送りました(1999年3月付)。その意見書では2月草案の行動計画(例えば、人道的介入)を含む全体に対して詳細に、論点を指摘し異論も述べました。そのうち、「前文」について申し入れのみ紹介します。

@「核も戦争もない21世紀を」および「平和的生存権」を前文に書き込むこと。Aアメリカの核抑止論こそ核廃絶の障害であること。アメリカの覇権主義的世界戦略が緊張を強めていること。アメリカ主導で促進されている市場経済のグローバル化が地域紛争を激化させていること、これらを明示すべきこと。

B「新外交方式」については一定の積極的評価をするが、世界の市民の交流と連帯の強化が欠落しているので改めるべきこと。

 しかしながら、これら3点はすべて採択されませんでした。

 こうして、「ハーグ・アジェンダ」(1999年5月会議版)が、ハーグで、開会当日、我々に手渡されました。そこには、また若干の変更がなされておりました。柱は4本あることに違いはありませんが、その並び方が変わっています。第1の柱に、「戦争の根本原因・平和の文化」があがっていました。HAPという「市民社会会議」で相談する過程で追加されたこの柱が、「会議版」で第1番目にあがってきたのです。A国際人道法、国際人権法および制度、B暴力的紛争の防止、解決および構造転換、その後にC軍縮および人間の安全保障がきています。つまり、第1番目の柱が第4番目になったのです。順番の変更にそれほど大きな意味はないよ、という弁明があり得ると思います。しかしながら、順番は全く意味がないのでしたら、順番を変える意味もないわけです。ですから順番の変更にそれなりの意味があったと言うべきでしょう。HAPという「市民社会会議」の性格は、核廃絶を含む軍縮を極めて優先するものから、「平和の文化」を重視するものへと大きく変化したと言うことができるでしょう。

 

  「憲法第9条の理念」を盛るとは 

    どういうことか

 さて、ハーグ平和アピール日本連絡会の代表団は、「日本国憲法第9条を世界に広げる」という目標を掲げて出かけました。この目標が文字通りアジェンダの文書に書き込まれました。5月15日最終日の全体会議で、国連事務総長のアナン氏などに「アジェンダの基本原則10項目」が手渡されました。その原則の第1番に「日本国憲法第9条が定めているように、世界諸国の議会は政府の行為によって戦争が起こることを禁止する決議を採択すべきである」と書き込まれました。日本から参りました私ども日本代表団400名余りが大変面目をほどこしました。しかし同時にHAPは、いまでは、「アジェンダ基本原則10項目」を実施する段階に入っています。ですから「憲法第9条が定めるように」「議会が決議する」と言う文言の意味を明らかにする課題が出されています。

 例えば、基本原則の第1項目では、「戦争しない」という点だけが指摘されており、武力を持たないという点は書いていない。それなのに、日本では「武装しない」という点に重点がある。こういう意見が、ハーグに行った人からも出ています。ですから、「日本国憲法第9条を世界に広げる」という目標と、「日本国憲法第9条が定めているように」と書き込まれた文言との間に、ずれがあったのでは問題があります。また、「日本国憲法第9条が定めているように」という文言は、日本ではどのように理解されているのか、日本から世界に向けてどのように発信するのか、確認する必要があります。ですから、まずは「憲法第9条が定めているように」という文言の意味を、解明しておきたいと思います。

 

  「あらためて憲法第9条を考える」 

    :憲法学者の見解

 「憲法第9条が定めているように」という文言は、それ自体として必ずしも明確ではありません。しかも、言葉の意味は、それが使われる文脈の中で一定の意味を持ちます。こうしたことに留意して、日本の代表的な憲法学者の見解を見てみましょう。例えば、憲法学者たちの間で、「あらためて憲法第9条を考える」とか、「平和憲法の新(真)解釈」をおこなうという問題提起がいまなおされています。

 

 「あらためて憲法第9条を考える」という憲法学者Aの見解を紹介しましょう。

 A−@「憲法第9条が生まれたのは、第二次世界大戦が連合軍によって『正しい戦争』として戦い抜かれ、他ならぬナチス・ドイツと大日本帝国がそれに屈したからであった。自分がひきおこした戦争に対抗して向けられたのが『正しい戦争』だったことを承認しながら、(対日平和条約11条で、日本国は「極東裁判所の裁判を受諾」した)その『正しい戦争』の可能性を自らは否定する。これが、第9条の出自の、一番の逆説である。」(樋口陽一『憲法と国家』岩波新書、1999年、182頁) この点で、憲法学者Aの見解の特徴は、「正しい戦争」を認めそれを否定するという、憲法第9条をめぐる「ねじれ」を強調する点です。

 この「ねじれ」の意味合いを説明するため、憲法学者Aは、祖川武夫の論文「カール・シュミットにおける「戦争観念」の転換について」(1953年)から、次の一節を引用しています。「正戦論によると、諸国家は、戦争のcause(大義、理由)においてはもはや自由ではなかったが、戦争への決定(自己に正当なcause(大義・理由)があると自ら判断して、戦争の開始・遂行を決定すること)においてはなお自由であったから、戦争(ないしは戦争権)は諸国家によって容易に濫用されるものであった」。この後憲法学者Aは、次のように述べます。「古典的正戦論についてのこの的確な指摘は、そのまま今にあてはまる。……コソヴォ紛争を理由とするNATOの対ユーゴ(セルビア)攻撃に即していえば、……「人道」が「諸国家」のcause(大義・理由)とされている。このような見方から1945年の時点をもう一度見直すと、『正しい戦争』によってねじ伏せられた大日本帝国自身が、実は『聖戦』という『正しい戦争』を戦っていたはずだ、という側面が浮かびあがってくる。」(前掲書、184頁)

 いわば、カール・シュミットで「正戦論」を切って見せます。ここには、「正戦論」そのものに含まれている構造的な問題点が指摘されています。しかし、「憲法第9条が定めるように」という文言の真意は、カール・シュミットで「正戦論」を切ってみても、実は伝わってこないのです。その理由は、あとで述べます。

 A−A これに続けて、憲法第9条の論理を読み解くとして、次のように主張しています。

 「1945年を連合軍の『正しい戦争』の勝利と見るオプティミズムでなく、『聖戦』の虚偽性が暴露されたとして受けとめるペシミズムとリアリズムが、憲法第9条の選択の基礎にある。このペシミズムとリアリズムは、権力への徹底的な懐疑のうえに成り立つという意味で、「個人の尊重」=近代立憲主義の核心を、一番深いところで継承する。それはまた、しかし、近代立憲主義で結局のところ公権力の存立を支える自分たち自身への根本的な懐疑までも含んでいる。そのようなものとして、近代立憲主義が前提とする2つの要素―権力への懐疑と、他方では、権力をコントロールする可能性への健康な信念―の間のはりつめた緊張のうえで、憲法第9条の論理は、きわどく踏みとどまっている」(同書、184-185頁)

 この点は、憲法第9条の論理を読み解く際に、それが近代立憲主義の思想を継承するという場合、それはどういう意味かということを指摘した主張であります。その特質は、憲法第九条の論理を徹底した個人主義政治思想の立場から構成している点にあると思います。

 

 10  「平和憲法の新(真)解釈」

     という問題提起

 憲法学者Bによると、「憲法第9条の定めるように」という意味は、今日では、「一切の戦争システムの維持・展開によって、『戦争非合法化』の普遍的世界平和組織の建設と実効化に寄与する」こと、まずは、このことです。これは、「核・宇宙(地球)時代」の日本立憲民主・平和主義の100年の実験」を踏まえて、立論されています。その思想的な基礎は、カントの『永遠平和のために1 哲学的考察』(1795年)の継承と発展です。この学説を要約して紹介しておきます。

 B−@ 戦後日本の平和憲法学は、3つの発展段階を経て今日に至っているとされます。第1段階は、憲法典を文理・論理に忠実に解釈して、憲法第9条を戦争放棄と軍備不保持の規定だと解釈する学説が確立していった時期です(1947−60年)。第2段階は、明文改憲と実質的憲法改変の企てに批判と抵抗をおこなった時期です(1960年代−73年)。軍事力(特に自衛隊強化)に対する批判と抵抗を徹底しようとしました。

 第3段階は、軍事力に代替する平和保障手段を憲法学が創造建設する時期です(1973−現在)。ここで日本の「経済大国」化を背景にして、憲法の平和主義原則を積極的に国際化するための発展的解釈が求められています。この発展的解釈は次の平和3原則に要約されます。第1平和原則は、一切の戦争放棄システムの維持・展開によって、「戦争非合法化」の普遍的世界平和組織の建設と実効化に寄与する。第2平和原則は、わが国の軍縮と軍備撤廃の実行のプロセスと実績を示しつつ、周辺国再地域そして世界の全面・完全軍縮実現に向けてイニシャチブをとり促進する。第3平和原則は、戦争と軍備による侵害・圧迫、「恐怖と欠乏」から免れた、「平和的生存権」の日本国民への保障の実行モデルを提示しつつ、全世界の国民(人類)が、「平和的生存権」を等しく尊重される「正義」に基づく人類平和「秩序」の建設に努める、ということです。(深瀬忠一「世界平和貢献策の憲法学的・学際的研究の成果と展望」 深瀬忠一ほか篇『恒久世界平和のために:日本国憲法からの提言』勁草書房 1998年所収 18頁)。

 そのために憲法政策研究という新しい分野が開拓されていまして、「平和憲法的総合平和戦略」の研究が、それに含まれます。憲法学者Bによると、「憲法第9条が定めるように」という文言は、これらの3つの平和原則を含んでおります。ハーグ基本原則第1項との関連では、とりわけ一切の戦争放棄システムの維持・展開によって、「戦争非合法化」の普遍的世界平和組織の建設と実効化に寄与する、これが重要です。

 B−A 次の論点は日本国憲法の制定を、どう見るかです。

 憲法学者Bは、以下のように指摘します。平和主義理念と原則は、日本国民が、自らの戦争経験の反省に基づき、誓約したものである。しかもそれは、普遍的かつ固有の根のある正しい「決意」であった、と。しかも、日本国憲法の平和主義の特色と課題は、人類の平和の法思想、比較憲法、国際法の進歩(普遍)の大河の中で(……)、浮き彫りにできる、というのです。「法の進歩(普遍)の大河の中で」浮き彫りにするという視点が、強烈に提示されています。この視点から、日本国憲法の平和主義を、正戦論と不戦論の思想的・歴史的展開の中に位置付けていきます。

 正戦(just war)思想は、ギリシャ連合軍が祖国と自由を守る戦勝以来、主流となり、中世カトリック教会(アウグスチヌス、トマス・アクィナス)、近世のグロチゥスによっても説かれた。だが、不戦(no war)思想は絶対的平和主義ともいわれ、古来少数ながら強靱な清流として続いてきた、といいます。また、立憲平和主義は、近代のそれから現代のそれへ、そして将来の立憲平和主義へと、歴史的な展開をしてきた、あるいはするものだ、とも述べます。

 近代立憲平和主義が成立したのは、フランス革命憲法が「征服戦争放棄」を宣したことに見られる(1790年制憲議会決議、1791憲法6篇)。フランス革命憲法は、人権保障を目的とするもので、その手段として国民主権と権力分立を掲げます。そして「人権は、平和の保障なくして守られ得ない」と定めており、これが近代立憲平和主義の原点です。近代立憲平和主義は、正戦論の近代憲法化であると、述べております。(深瀬忠一「恒久世界平和のための日本国憲法の構想:核時代の平和を先取りした立憲民主平和主義」 深瀬忠一ほか篇『恒久世界平和のために:日本国憲法からの提言』勁草書房 1998年所収 42頁)。

 正戦論は近代から現代に移ると、憲法ばかりでなく国際法上の原則に上昇しました。第一次大戦後の国際連盟、不戦条約、並びに第二次大戦後の国際連合は、侵略戦争を違法化するという原則を確立しました。と同時に、国連憲章のもと、世界人権宣言や国際人権規約等が成立して、国内的人権保障ばかりでなく国際的な人権保障の動向も進むことになりました。このように、現代立憲平和主義は、「憲法と国際法の原則が相互補完的に協調しつつ、核時代となった現代の人権と平和をともに保障しようとしている。」と規定されています。

 ところで、正戦論と区別されるものとして、不戦(no war)思想が存在します。例えば、『永遠平和のために』(1795年)において、カントは、フランス革命憲法の正戦論にみられる近代立憲平和主義原則を評価しつつも、その実現の逸脱(「防衛戦争」が、「自由の宣伝戦争」からナポレオンの「征服戦争」に拡大したこと)を鋭く批判した。そこでカントは、世界平和の国内的・国際的構想として、現代立憲平和主義を予見し、さらに「永遠平和」の将来の立憲平和主義を示唆した。もとより不戦(no war)思想は、古来強靱な清流として存在したのであって、旧約聖書のイザヤによる戦争と軍備撤廃の予言、新約聖書のイエスによる敵対関係を和解させ、新しい平和な人間と世界を創り出す無限の忍耐と寛容の平和の道、この非暴力の道を実行した初代キリスト者たちがいる。近世以降は、平和主義教会(クェーカー、メイナイト、ブレズレン)が継承し、「宗教戦争」の最中にエラスムスは『平和の訴え』を書き、近代のサン・ピエールは『恒久平和計画』(1717年)を書きました(同書 43頁)。

 では、日本国憲法の平和主義は、どのように位置付けられるのでしょうか。これは間接的にはフランス革命憲法(征服戦争放棄)の影響を受けている。だが直接的には不戦条約の徹底した平和主義原則としてのアメリカの「戦争非合法化(outlawry of war)」思想(レーヴィンソン、ボーラ、デュイー等)に影響されている。それは、自衛・制裁戦争を含め一切の戦争システムの廃止をめざし、手段としての軍備を縮小・撤廃し、世界的平和法廷により紛争を解決し、違反者に対して武力を用いず世論の強制力に待つという、不戦論であり、現代立憲平和主義を超えるものである、とされます(同書43頁)。

 不戦条約の二重的性格について、次の指摘があります。フランスの外相ブリアンから米仏集団安全保障条約締結を求められた米国務長官ケロッグが、一般的多遍条約としての不戦条約を、この「戦争非合法化」運動に支援され、集団安全保障論(ショットウェル等)を合流させ、まとめた。建前(正面)は不戦である。だが実(裏)は、侵略戦争違法化条約となった。なぜなら、批准の際、自衛戦争・戦力を声明等で留保したからである(1928年8月)。日本は1929年「人民の名において」を留保して加盟した。日本は、またその間隙を逆用し、自衛(「生命圏」等)の名において侵略を繰り返した(1931年「満州事変」以来)(同書43頁)。

 「国権の発動としての戦争」を永久に放棄した日本国憲法第9条は、国連憲章が予定した集団安全保障体制(広義の「正戦論」)のもと、連合国最高司令官マッカーサーの強いイニシャチブ首相幣原の発想に基づきにより日本国憲法に導入せられた。これは、「正戦論」の現代立憲平和主義に基づきつつも、その宿命的欠陥、すなわち正戦と不正戦の区別が不可能ないし至難であることを身を持って経験した日本国民が、国連に世界平和への期待を託しつつも、核時代に、それを越える「不(非)戦」の将来の立憲平和主義のあり方を規定したものである、とされるのであります(43―44頁)。

 

 11  いくつかの考察

 さて、「憲法第9条の定めるように」という文言の意味を探る場合、何が問題なのか、どのように問題にすべきなのか、これが着眼点であり、決め手になります。

 憲法学者Aは、憲法第9条は近代立憲主義の何を継承するのかと問い、「徹底した個人主義」の見地から、権力への懐疑をあげます。権力への懐疑と人民によるコントロールの可能性への自信と緊張関係こそ、憲法第9条の論理であるといいます。憲法第9条の選択の基礎にあるのは『聖戦』の虚偽性が暴露されたとして受けとめるペシミズムとリアリズムだ、という点もあげます。これらを近代立憲主義の核心とするのも、1つの見解です。近代立憲主義の思想について、人民主権と共和制を強調する見解もあり、これを重視するのも、もう1つの見解であると思います。また、憲法第9条の制定に見られるのは、人類の平和の思想、比較憲法、国際法の進歩(普遍)の大河の中で生まれた誓約であり、「決意」であるとするのも、もう1つの見識であると思います。

 また、カール・シュミットの戦争論で「正戦論」を切ってみても、「憲法第9条が定めるように」という文言の真意は伝わって来ないと先に述べましたが、それはなぜだろうか。このことは、憲法第9条を、どのように問題にすべきなのかということに関わっています。ここでは、憲法第9条の内容について論じることが必要であって、その場合、国策遂行の手段としての「征服戦争の放棄」という点を憲法第9条が継承していることを指摘しなければならないと思います。しかも、憲法学者Bが主張しているように、「憲法第9条の定め」を、正戦論と不戦論の区別、および近代・現代・将来の立憲平和主義との関連において、総体的に把握する必要があります。そして憲法思想に止まらず、創造的・建設的な平和憲法政策論によって、立憲的な「世界共同体」の形成へ向け、権力の民主化を含む現状変革構想を提示していくことが求められていると思います。

 

 12  結語:「議会による決議」という

    ことの意味

 HAPは、まず戦争の正統性を疑うという問題を提起しました。このことから、さらに進んで「世界諸国の議会は政府の行為によって戦争が起こることを禁止す決議を採択すべきである」という原則を宣言しました。そこで、例えば、「軍縮および人間の安全保障に関するアジェンダ」の柱の最後を見ると、「主な行動」として、「42 戦争の防止のための地球活動計画を実施すること」が入っています。「戦争防止地球行動」は「防衛的軍備」を保持するという建前を前提に論じています。その上で、次のように言っています。「@地球および地域的安全保障機関の強化を図ること、A攻撃およびジェノサイドに対する単独国家による武力介入を多国間の防衛と置き換えること、B防衛的地球安全保障システムの樹立をめざし、軍備、兵器および軍事費の大幅かつ段階的な削減を交渉すること」です。

 しかし、不戦論の立場からすれば、これに止まっていて良いのか、という疑問が残ります。不戦論の立場で周辺国際地域、そして世界の全面・完全軍縮実現に向けて、イニシャチブをとり促進する、これが憲法第9条の趣旨に合致します。そして、全面・完全軍縮を実現するために提起されるのは、軍隊ではなく警察による世界秩序維持という思想です。軍隊の目的は侵略に対する国防だが、警察は犯罪に対する治安維持を目的にします。軍隊の特質は異質なものの徹底排除ですが、警察は異質なものをそれとして認め、これを包摂することができます。しかも、警察による世界秩序維持が基本となるには、根本的な前提として、各「国民国家」による世界編成から、段階的な発展過程を経て、「公正で民主的な世界連邦」の実現が、どうしても必要であると思います。