外務省交渉とその運動的意味
弁護士  内 藤 雅 義  

  * 本稿は2000年1月30日のHAP−JAPANの会議における話しに、若干の加筆を行ったものです。  

◆はじめに

 今日の話の目的は、外務省交渉を通じて見えてきた外務省の核兵器政策の本音を述べることと、その交渉の意義そして、今後の交渉のあり方について述べることである。
 まず、相当多くの日本国民は、被爆国政府である日本政府は、どこの国よりも熱心に核兵器廃絶へ向けて外交を続けていると思っているかも知れない。しかし、結論からいえば、それは全く違う。
 次に、外務省交渉の意義は、外交政策の公開にあると思っている。交渉相手となっている軍備軍縮管理課は勿論、総合外交政策局に外交政策を変更する決定権はない。その意味で、交渉によって政策が変更することはまずあり得ないだろう(基本政策が変更後は、交渉による現実的選択としての妥協があり得ると考える。)。それでも交渉を通じて核兵器についての日本政府の真意を明らかにすることは相当程度できる、それが交渉の意義だと思う(長い目で見れば、情報の公開は、外務省にとっても意義があるはずである。)。

◆交渉の背景としてのICJの勧告的意見と新アジェンダ連合

 1996年7月、ハーグの国際司法裁判所(ICJ)は「核兵器の威嚇または使用は、武力紛争に適用される国際法の諸原則、特に人道法の原則及び規則に一般的に違反している。」とした上で、「厳格かつ効果的な国際管理の下において、全ての側面での核軍縮に導く交渉を誠実に希求し、かつ完結させる義務がある。」との勧告的意見を言い渡した。
 これを受け、1996年の国連総会に核兵器廃絶条約に向けての多国間交渉の開始を求めるマレーシア決議案が提出されたが、反核法律家協会では、政府にこの決議案への賛成を求めて外務省と協議を行った。
 また、1998年5月、インド・パキスタンが相次いで核実験を行った。その直後である同年6月9日、ブラジル、エジプト、メキシコ、アイルランド、ニュージーランド、スロベニア、南アフリカ、スウェーデンの8ヶ国は、「核兵器のない世界へ:新しいアジェンダの必要性」という宣言を発表した(その後、スロベニアが離脱)。いわゆる新アジェンダ連合(NAC)の結成である。その後は、新アジェンダ連合決議案に対する賛成等を要求して、外務省との交渉を何度か重ねた。
 NACは発展途上国ではなく、各大陸においてそれなりの国際的影響力を持つ国により構成されていることが特徴である。
 その宣言では、インド・パキスタンの核実験とともに、核拡散防止条約 (NPT)に定める核軍縮義務を履行しない核兵器国(つまり、国連の常任理事国5ヶ国)に対する非難をしている。
 宣言には、幾つかの具体的施策が述べられているが、外務省交渉の経過で明らかになった日本政府とNACの施策の相違を指摘しておく。
 NACの施策のうち、以下の各点は、少なくとも日本政府の安全保障及び核兵器の基本政策と合致しない点である(但し@については、2000年に表面的には変更した)。
@ 核兵器国に核兵器廃絶の明確な約束を求める(宣言7項)
A 核兵器の先制使用禁止の約束や、非核兵器国に対する核兵器国の消極的安全保障 ……「核兵器国の間で、相互に第一使用しない(先制使用)という約束や、非核兵器国に対して核兵器の使用やその威嚇を行わない、いわゆる消極的安全保障に関して、法的拘束力をもった合意が発展せられるべきである。」(宣言14項)という点
B 非核地帯の拡大及び設定 (宣言15項)
C 多国間による包括的な核兵器条約の締結のための交渉(宣言17項)
D 偶発核戦争を防ぐための緊急措置(警戒態勢の解除等)(宣言10項)

◆交渉経過に現れた具体的な日本政府の安全保障観と核兵器観

 そこで、以下、市民シンポや、反核法律家協会や、核兵器廃絶市民連絡会との交渉の場で述べられた外務省担当者の特徴的な意見について述べてみたい。

■1998年8月29日東京フォーラムに向けた市民シンポ
  日本政府の呼びかけによる「核拡散・核軍縮に関する緊急行動会議(東京フォーラム)に向けての市民シンポジュウムにおいて、そこに出席した森野泰成軍備管理軍縮課主席事務官は、新アジェンダ連合に対する参加を断った理由として、「第一不使用」について、反対を述べた。つまり、通常兵器に対する核兵器使用を容認するという姿勢を示した。
1999年11月22日 外務省交渉
  反核法律家協会を主体に、ピースデポ、YWCAの参加の下に、外務省において、新アジェンダ連合決議に賛成するように求めて、上記と同じ森野事務官と交渉を行った。そこでの問答は以下の通りである。

1. 新アジェンダ決議に賛成できない理由
Q :なぜ、新アジェンダに決議に賛成しなかったのか。
 (注:交渉が持たれたのは、国連第一委員会の決議後で総会決議前であった。)
森野:大きく言って二つの理由がある。それは以下の通りである。
@ 新アジェンダは、核兵器国に対して対立的・圧力的なアプローチをとっている。これに対して日本政府・外務省は、日本と核兵器国と話し合いながら、核軍縮を進めて核兵器廃絶に近づけていくアプローチをとっている。
  日本政府の立場は、究極的廃絶という立場である。
 核兵器国と信頼関係を作りながら進んでいくというのが、実は一番の近道だと思っている。できる限り実を取っていくというのが、政府の姿勢である。
A もう一つの反対理由は、日本政府の安全保障が核抑止力に依存しているということである。
  アメリカの核の傘に守られているという現状の下で、新アジェンダに賛成するということはできない。自己矛盾に陥るべきではないということである。
 先制核使用(第一使用)は、核抑止力の構成要素である。キーポイントであるかどうかという点では、必ずしも私自身思っていないが、核抑止力にとって先制不使用が不可欠であるという認識である。

2. 決議案の具体的条項について
 なお、新アジェンダ連合の決議で引っかかるところとして、森野事務官は、以下のような点を指摘した。
@ 「それぞれ自国の核兵器を迅速かつ完全に廃棄するという明確な約束を示し・・」の部分
A 「核軍縮及び核不拡散に関する国際会議」
 現在ある以上に国際会議の場を増やすことには反対である。
■ 2000年2月21日外務省交渉
  反核法律家協会を中心に、ピースデポ、YWCAの協力を得て同じく森野事務官との間で、NPT再検討会議に向けての日本政府の姿勢を確認するための協議を行った。
 多くの点で議論したが、以下のような点が、日本政府の核兵器についての基本政策を伺わせるものと思われる。

1. 東北アジア非核地帯について
Q :東北アジア非核地帯については進めないのか。
森野:日本政府としては、非核地帯の進展は望ましいものと思っているが、東北アジア非核地帯については、現時点では賛成しない。理由は日本を取り巻く情勢である。
Q :日本を取り巻く情勢とは、具体的にはどの国を指すのか。
森野:具体的に名前を言わないのが外交である。国会でも答えていない。
2. 核軍縮の多国間交渉について
Q :核軍縮交渉に、非核兵器国が参加することに否定的なのか。
森野:核軍縮交渉は、核兵器国が行うもので、非核兵器国は当事者ではない。
3. 新アジェンダ連合について
Q :何故日本政府はNACに入らないのか。
森野:日本とは情勢が違う。
安全保障問題についてのスタンスも違う。
世界の常識としては、核兵器を必ずしも悪と考えていない。それは反核団体や、被爆者団体の認識とは異なる。必要というよりも、良いツールであるかどうかは別として、安全保障上重要なツールと考えているのが、日本政府の立場である。
■ 2000年10月24日外務省交渉
  核兵器廃絶市民連絡会(ピースデポ、反核法協、YWCA、被団協、原水禁調布市民会議、非核自治体草の根ネットワーク等)が、外務省の服部則夫外務省軍備管理・科学審議官、佐野利男軍備管理軍縮課長、池田真亮軍備管理軍縮課外務事務官と協議を持った。その目的は同年の国連総会のどのように対処するかであった。
 日本政府は、従来、「究極的廃絶」決議案を提出していたが、「核兵器廃絶への明確な約束」がNPT再検討会議で合意されたために、日本政府は新たに「核兵器廃絶への道」という決議案を提出した。
 交渉の場で示された外務省の姿勢は、START(戦略兵器制限条約)、CTBT(包括的核実験禁止条約)、FMCT(核兵器用核分裂物質生産禁止条約、カットオフ条約という。)といった部分措置の実効性についての自慢と、それ以外の点についての従来通りのスタンスの踏襲である。
 なお、NACがNPT再検討会議での合意を確実にするという視点から、具体的措置については、殆ど踏み込んでいない(先制不使用とか、警戒態勢解除等は抜けている。)こともあって、日本政府は最終的にNAC決議案に賛成した。
@ 従来通りのスタンスを示すもの
・NPT合意の明示化(警戒態勢解除、先制不使用等)していないのは、そうすると合意が得られなくなるからだ。先制不使用は考えていない。
・国際司法裁判所の勧告的意見は、「国家存亡の危機の場合には、合法性を判断できない」というものであり、核兵器が使われるのは、国家存亡の危機の場合に決まっている。日本政府は、核兵器が違法だとは言っていない。
・最終的には、核兵器禁止条約が必要であろうが、何発も核兵器がある現在、条約を作っても現実的ではない。核保有国が協議する体制が整ってから必要になるかも知れない。
・東北アジア非核地帯については、安全保障の国際環境が整ってはいない。米朝の動きはあるが、脅威は変わっていない。
・今、日本政府が先制不使用を言い出せば、天地がひっくり変えるだろう。
・先制不使用を言うのは簡単だが、検証が必要だ。その点を市民団体は言うべきだ。
A 部分措置の自慢
・日本決議案は、STARTVを超えての核軍縮過程を示した。新アジェンダ連合決議案にもない踏み込んだ内容となっている。
・FMCTの2005年の期限は、中国などが反発している。
・CTBT批准促進のため、未批准国のベトナム、インドネシア、南米コロンビア、アフリカのコンゴまで働きかけに出向いている。また、共和党議員にも会って話した。


◆ 外務省交渉から見えた日本政府の本音

1、核抑止による安全保障
 新アジェンダ諸国と日本政府の政策との基本的相違は、安全保障を核抑止に依存しているのかという点にある。
 つまり、日本政府の政策は、「核抑止というのは、いざというときに、核兵器を使ってもらって日本の安全を守ってもらうものである」から、
@ 核兵器の使用は、国際法違反とは言えない。
A 核兵器国の先制不使用や、消極的安全保障といった核兵器国の手足を縛る発想には反対する。
B 東北アジア非核地帯には反対する。
C 核兵器国(アメリカ)の核に日本の安全保障を委ねている以上、核兵器廃絶の交渉は、第一次的には、核兵器国の判断に委ねるべきであり、多国間交渉のような非核兵器国が口を出すのは望ましくない。

2、核の傘に依存する理由
@ 中国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する不信
 これについては、言葉の端々からかなり明確である。
・核兵器の先制不使用とか、消極的安全保障とか言ってもこのような検証不能の主観的なものは信じられない。
・日本には原発があり、戦争になれば、通常兵器で原発を攻撃すれば、核兵器で攻撃をされたのと同じなので核兵器で反撃できるということが必要である(外務省交渉の場ではでなかったが、軍縮議連の議員が、自民党を説得できない理由として述べていた。)
A 核兵器を絶対使ってはならない兵器と思っていないこと
・更に、そもそも、核兵器を悪と思っておらず、安全保障上重要なツール(道具)との位置づけを行っている。この点も、国民感情、少なくとも、われわれの感情との最大の相違であると思われる。
・核の傘から離脱すると、中国等への対抗上、日本は核武装せざるを得ない。
・政府も国会答弁で、核兵器の保有は憲法上禁止されていないとしている。
Bアジアとの信頼関係の未成立−戦後処理との関連性
 アジアよりも、アメリカに信頼を置くということを出発点に、それと核兵器を安全保障の道具とする考えと結びついて、核抑止に依存することになっている。
 その意味では、アジアに対する戦争責任をとらず、戦後処理をアメリカとの関係を中心に行い、経済発展を選択した日本の独立の仕方の延長と言えるかも知れない。

◆今後の運動のあり方と外務省交渉

1、政策の決定過程
 政策は、専門性を持つところと、それを前提に判断するところで決められるが、対米依存による経済発展という日本の戦後の外交安全保障政策は、戦争直後に吉田茂、岸信介といった政治家が決定したが、その後、その基本政策に従って外交政策を専門的立案した官僚は、力を付けるに至った。
 そのため、これをなかなか変更し得ない状況になっている。つまり、現状のままでは、政治家が思いつきで変えようと思っても、専門的なことを持ち出されて煙に巻かれるのが落ちである。また、官僚は、組織で動いており、基本的に保守的なものであり、自分で変わることはまずないと考えた方が良い。

2、現状打破の方向
@ 専門的論点の基礎としての基本的論点を明らかにすること
 争点を持ち出すと、必ず専門性を持ち出して、政治家や非専門家は、誤魔化される。例えば、NMD(国家ミサイル防衛)やTMD(戦域ミサイル防衛)の問題は、今後アジアにとって極めて重要な問題であるが、その本質を明確にするためには専門的議論が必要である。
A このような専門的議論の背景にある本質的議論を明らかにした上で、官僚をひっくり返せるのは、政治であり、政治を動かせるのは、世論である。その世論を動かすためには、まず、何が争点であるのかを明らかにする情報公開が必要である。

3、外務省交渉の意義
 以上からも明らかなように、外務省交渉では、一つには専門性の背後にある本質的問題を明らかにし、そして、もう一つには、その本質的問題を世論に知らせる情報公開としての意味があると考える。
 このようにして、何よりも政府の核抑止依存という政策の変更を迫ることである。そのための具体的選択提言も必要であろう。
 いずれにしても、そのためには、マスコミに注目させること、また、外務省に交渉に応じざるを得ないだけの力関係(つまり、専門的知識か、或いは運動の広がり)がなければならないと考える。
 また、効率的に国際動向との対立点を明確にするために(例えば、「核兵器廃絶への明確な約束」が重要争点である等)、国際的な協力のもとに交渉を進めることも重要である。