核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
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新原爆裁判―米国における国内的救済の可能性と限界

山田 寿則
T はじめに
 米州人権委員会の個人請願の手続においては、請願者が国内的救済手続を尽くすことが要求されている 。
  そこで、本稿では 米国の国内的救済手続において、被爆者が、広島・長崎への原爆投下および事後の占領下における米国の行為についての米国政府の責任を追及し、救済を得ることができるかどうかを検討する。
U 米国における戦争犠牲者補償法制と政府責任法制
 米国では、戦争犠牲者に対する補償制度が存在する 。しかし、それはどれも米国民および米国側にたって敵対行為に参加した者に対する補償であって、米国・米軍の行為(特に国際法違反行為)により被害を受けた敵国民に対する補償ではない。
  では、米国内法における政府責任に関する法制度はどのようになっているのだろうか。
  まず、注目すべきは、主権免責の法理である。これは、日本の下田判決でも被爆者が米国において請求を訴求できない根拠として言及されている 。
  主権免責とは、国王は悪をなしえずとのコモン・ローの法理に由来し、これにより連邦政府は国内での訴訟において免責される。合衆国憲法3条2項では、連邦の司法権は、連邦が当事者partyとなるケースに及ぶとしている。しかし、被告の場合も含むのか、連邦が同意した場合のみ被告となりうるのかは明示されていない 。1846年U. S. v. McLemore連邦最高裁判決 で連邦の免責が判示され、19世紀半ばから20世紀初頭までには主権免責の理論が確立した。
1 FTCA
 しかし、この主権免責を連邦は放棄することができ、実際、個別法により放棄し、個々の事例において不法行為につき補償してきたのであるが、1949年に連邦不法行為請求権法(FTCA) が制定されることにより、合衆国が主権免責を放棄して不法行為責任を負うことを定めた。これは、1920年代から同法制定の動きがあり、被害者救済と議会の過剰負担の解消に向けて、1946年8月2日、立法再組織法の一部として成立した。
  同法では、連邦地裁は、1945年1月1日以降合衆国に対して生じた金銭的損害賠償請求権に関する民事訴訟につき専属的管轄権を有する(1346条(b))。この点からは、被爆者は1945年8月の原爆投下による請求を提起しうると思われるが、しかし、以下の点で、同法に基づく請求権の訴求には制限がある。
  まず、同法には広範な適用除外が存在する(2680条)。本稿との関連では、戦時中の軍隊の戦闘活動に起因する請求(同条(j)) および外国で発生した請求(同条(k)) が適用除外となっている点が重要である。次に、これとの関連で出訴期限の問題がある(2401条(b))。賠償請求提出は請求権発生から2年以内とされ、連邦機関が請求を拒否したときは、それから6ヶ月以内に訴訟を提起しなければならない。
このように、FTCAに基づく被爆者の請求権の訴求は限界がある。
2 外国請求権法(外国人請求法)
 次に、外国請求権法(FCA) による救済が考えられる。同法は、1942年1月2日に制定されており、海外における米軍構成員の非戦闘活動により生じた財産的損害、傷害、死亡につき外国住民に補償するものである。
  しかし、請求は以下の場合にのみ許容される。つまり、
(1)請求権が生じてから2年以内に請求が提起
(2)合衆国との交戦国の国民又はその交戦国と同盟国の国民であって、委員会または現地の軍司令官により合衆国に対して友好的と判断された者
(3)請求権が戦闘中の米軍の行為によって直接的にも間接的にも生じたものでないこと(以上、同条(b))
  したがって、同法による被爆者の救済も困難である。
3 1789年外国人不法行為請求権法
 さらに、外国人不法行為請求権法(ATS) による救済の可能性を検討。同法によれば、連邦地裁は、国際法・米国の条約に違反してなされた不法行為についてのみ外国人による民事訴訟の第1審管轄権をもつ。1789年に、海賊行為と外交官の事件に対応するために制定された。現代においては、1980年フラルティガ事件判決 において注目された。
  しかし、最近の連邦最高裁の判例では、ATSは請求権を創設せず、管轄権に関する規定であると判示されており 、また、主権免責との関係では、同法は免責の放棄には当たらないとの判例が存在する 。したがって、被爆者がATSにのみ基づく請求を行うことは困難であり、ATSと別個に請求権の存在を示し、かつ、主権免責の放棄を根拠付ける必要がある。
4 連邦憲法および国際法に基づく救済の可能性
 そこで、連邦憲法に基づく救済を検討したい。修正5条では、デュー・プロセス条項が存在する 。国際人権法の知見からすれば、同条項の文言は、米軍の戦闘行為を制限するようにも解釈できる。これを活用することはできないのだろうか。確かに、連邦憲法の域外適用については消極的な判例 が存在するが、今後とも検討に値すると考えられる。
  また、国際法にのみ基づく請求も、現状では、米国内において困難である。しかし、ハーグ陸戦条約3条が個人の訴権(私的訴権)を創設するものとして複数の裁判で原告側が主張しており、検討に値する。
5 対日平和条約による請求権の処理
 1952年対日平和条約には国民の請求権を放棄する規定がある(19条)。これにより被害者個人がその請求権を国内裁判所において訴求することは否定されている 。米国の法廷においては、米政府は同条約による個人の請求権は放棄されたことを主張し、裁判所は政治問題の法理により司法判断を回避している 。
暫定的結論
1、米国における主権免責の法理は、被爆者が米国裁判所において米政府を相手取り原爆投下による損害に基づき請求を訴求することを妨げている。
2、以下に見るように、被爆者の請求に関しては、この主権免責を放棄する制定法は存在しない。
(1)主権免責を放棄した1949年連邦不法行為請求権法においては、戦時中の軍隊の戦闘活動に起因する請求(2680条(j))および外国で発生した請求(同条(k))は適用外となっている。被爆者の請求は、この例外に該当する。
(2)1942年外国請求権法(外国人請求法)は、合衆国外における米軍の非戦闘活動により生じた損害を対象とするため、被爆者の請求を対象としない(2734条(a))。また、米国のなんらかの非戦闘活動による被曝後の損害が考えられるとしても、請求権が生じてから2年以内に請求が提起されねばならない(同条(b))。
(3)1789年外国人不法行為請求権法(ATS)は、国際法に違反してなされた不法行為について外国人による民事訴訟を認めるが、ATSは管轄権のみを規定する法であり、かつ主権免責との関係では、同法は免責の放棄には当たらないとされる。
(4)連邦憲法修正5条には、デュー・プロセス条項が存在する。米国外に居住する被爆者に連邦憲法修正5条による保護は及ぶかの検討が課題である。また、国際法、とくにハーグ条約等の国際人道法に基づく訴訟の可能性の検討も課題である。
 現段階における検討の結果では、被爆者が、米国の国内的救済手続において原爆投下による人権侵害の救済を受けることは非常に困難であると考えられる。しかし、なお、憲法および国際法に基づく救済の可能性の検討は不十分であり、この点について、さらに検討することが課題である。