核兵器の廃絶をめざす日本法律家協会
 
 
 
 
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南北首脳会談はあってはならないことなのか
―毎日新聞社説に対する批判―

大久保賢一

 毎日新聞2月11日付社説は「平和攻勢に惑わされるな」と題されている。そこでは、金与正北朝鮮特使の南北首脳会談の提案は、「筋の悪いくせ球だ。独裁者のエゴを貫くために計算され尽くした甘い言葉に、惑わされてはいけない」、「南北の首脳会談を必要としているのは北朝鮮である。そこを見誤ると、核を温存したまま国際包囲網を突破しようとする北朝鮮に手を貸すことになってしまう」という主張が展開されている。要するに、韓国の文在寅大統領に、北朝鮮の金委員長と会談してはならないと釘を刺しているのである。

 この社説を読んだとき、毎日新聞は正気でこんな主張をするのかと目を疑ってしまった。分断国家の一方当事国が他方の当事国に首脳会談を呼び掛けていることに対して、口を極めて反対しているからである。この社説を素直に読めば、毎日新聞は、朝鮮半島の分断状態が平和的に解決されることに反対しているかのようである。南北朝鮮の対立が解消されることは、朝鮮半島に平和をもたらすことになるし、ひいては、北東アジアの平和と安定に寄与することになる。それは、単に北朝鮮にとってだけではなく、韓国や日本にとっても望ましいことであろう。そのために、南北朝鮮の首脳会談は必要不可欠なプロセスである。それに反対することは朝鮮半島の平和を望まないということであろう。「平和攻勢に惑わされるな」という主張は、「非平和的に振舞え」と扇動していることと同義である。結局、毎日新聞は、文大統領に首脳会談を拒否して、軍事的解決をしなさいと勧めているのである。なんともおぞましい社説である。

 今、私たちが絶対に避けなければならないのは、朝鮮戦争の再燃である。仮に、北朝鮮と米韓(プラス日本)の軍事衝突が発生すれば、北朝鮮は、アフガニスタンのタリバン政権やイラクのフセイン政権のように消滅するかもしれないけれど、韓国や日本にも深い傷跡を残すことになるであろう。加えて、核兵器が使用されれば、その影響は全地球的なものになるであろうし、将来世代にも負の遺産を継承させることになるであろう。社説にはこの視点が全く欠けているのである。

 社説は、北朝鮮がこのような呼びかけをしたのは、経済制裁の苦境を打開するためであり、米国による軍事的圧迫も負担になっており、軍に不満がたまれば、権力基盤にも影響が出かねない、このような閉塞状態を突破するために対話に前向きな文政権に狙いをつけたのだとしている。合わせて、北朝鮮は大規模な軍事パレードを行ったし、その中でICBMも登場させた。北朝鮮には、核の放棄などする意思はない、とも指摘している。
 北朝鮮が、国際社会による経済制裁や米韓日による軍事的圧迫によって、国力を疲弊させ貧困や社会不安を増大させていることは容易に推察できるところではある。そして、その打開策を講ずることは、独裁者が支配しているかどうかにかかわらず政府としては当然のことであろう。それを異常な行動と責める理由はない。北朝鮮にも人民大衆がいるからである。また、対話に積極的な文大統領の姿勢が責められなければならない理由もない。社説はその対話を優先する姿勢も気に食わないようである。ついでに言っておけば、軍事パレードなど自衛隊もやっているし、ICBMを持ってはいけないという国際法規範はない。

 ところで、社説は、朝鮮半島の非核化につながらない対話は意味がないなどともいうが、米国の核や日韓がその核の傘の下にあることについては何も触れていない。日米韓の核依存(核抑止・拡大核抑止)を放置したまま、北朝鮮に核の放棄を迫ったとしても説得力はない。休戦状態にある当事国の一方が他方に対して核武装制限を迫っているだけだからである。毎日新聞の万能川柳欄に「俺は持つきみは捨てろよ核兵器」という句が掲載されたことがある。その伝でいえば、社説は「俺は持つおまえは持つな核兵器」という論理が北朝鮮に通用すると考えているかのようである。
 毎日新聞が、本気で朝鮮半島の非核化を望むのであれば、米国の核による北朝鮮に対する威嚇を解消することも合わせて主張しなければ、核超大国米国寄りの不公正かつ不公平な議論にしかならないであろう。北朝鮮に核武装を強いているのは、米国の核であることを無視することは半可通な議論でしかない。しかもその米国は、核兵器禁止条約を敵視しているだけではなく、核使用の敷居を下げようとしているのである。そして、日本政府はその姿勢に何ら異議を唱えないどころか、高く評価するとしているのである。

 北朝鮮提案を「独裁者のエゴを貫くために計算され尽くした甘い言葉」などと切り捨て、その提案に誠意をもって応えようとする文大統領の姿勢を「成果を急ごうとする危うい態度」などと冷ややかに見ることは、朝鮮半島の非核化を遠ざけるだけではなく、日本も巻き込む核戦争への悲劇を誘導する役回りを果たすことになるであろう。
 毎日新聞のこの社説はいたずらに感情的で、好戦的なものであって、到底賛同することはできない。一読者として猛省を促す次第である。

2018年2月12日記

コメント
 
矢作陽司 さん
 毎日新聞の社説、私も読んで、毎日らしくないな、と感じましたが、連日の昼間のニュース番組を見ていると、このような「警戒感」がメディアに共通していますね。
 しかし、南北首脳会談は大きなチャンスですね。朝鮮半島の緊張緩和のための話し合いの扉が開かれることは大きな意味があると思います。日米は、北朝鮮に一方的に核を放棄させることを最終ゴールにしない話し合いは、安倍首相のよく口にする「話し合いのための話し合い」で拒否すべきものとしていますが、これは自分勝手な理屈です。まさに、大久保さんが取り上げた川柳、「俺は持つおまえは持つな核兵器」ということですね。
 以前、私は下記のような投稿をしました。残念ながら不採用でしたが、その川柳の理屈を批判し、日本政府のやるべきことを訴えました。

「核兵器を初めて法的に禁じる核兵器禁止条約が今年7月、国連で採択され、この条約の採択に主導的な役割を果たした国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」へノーベル平和賞が与えられた。安倍政権は「核廃絶というゴールは共有している」と言うものの「核兵器保有国も巻き込む形で現実的かつ実践的な取り組みを粘り強く進めていく」として、この条約の署名を拒否している。それでは「現実的な取り組み」とは何か、私は提案したい。それは、自ら条約に署名した上で、現在の全ての核保有国に、同時にこの条約に署名するよう強力に働きかけることである。同時に条約に署名することで、同時に核兵器使用は禁止される。核兵器を持つ目的が"核抑止力"であるなら、これでその目的は意味を失なうはずである。それでもなおかつ、署名を拒否するなら、それは自国だけ軍事的優位を確保しようという動機が明白になり、国際世論が黙っていまい。唯一の被爆国、日本の安倍政権の「実践」の本気度が問われている。」