核政策法律家委員会(LCNP) 上席研究員
ジョン・バロース
(訳:森川 泰宏)
2026年2月5日に、アメリカとロシアの戦略核戦力を制限する唯一残された合意であった新戦略兵器削減条約(新START条約)が失効し、いかなる形であれ、後継の合意がなされる見通しの目途すら立っていない先行き不透明な状況となっています。
過去数十年間にわたって核兵器の増強を阻止し、また、核兵器を削減してきた〔核軍縮の〕進展が深刻な危機に瀕しています。このような事態は、安全保障に関する多国間条約の中で最も重要な条約である核兵器不拡散条約(NPT)において、「核軍備競争の停止」という目的がはっきりと明記されているにもかかわらず、生じてしまっているのです。
〔新START条約の失効翌日の〕2026年2月6日に、ジュネーブ軍縮会議(CD)において発表された声明において、アメリカのディナンノ(Thomas DiNanno)国務次官(軍備管理・国際安全保障担当)は、「新規・既存の戦略システムを含むロシアの全ての核兵器を考慮しつつ、中国の核弾頭数の急増にも対処する」ような「新たな枠組み(new architecture)」が必要であると述べています(※1)。
このような「新たな枠組み」の構築は困難を伴う課題となります。アメリカとロシアとの間で、新START条約の定めた制限について、少なくとも短期間のスパンで透明性を持ってこれを遵守することを目的とした非公式の合意が成立する余地は十分にあるといえましょう。
しかし、アメリカ、ロシア、中国の三国間での単一あるいは複数の新たな核軍縮条約の交渉を成功に導くには大きな障害が立ちはだかっています。
中国は、自国の核戦力はアメリカやロシアと比べれば依然として過小であるとして、その削減について議論する意欲を全く示していません。ロシアは、アメリカのミサイル防衛計画と非核戦略攻撃能力についても協議することを望んでいます。
アメリカはといえば、ロシアの非戦略核兵器や、新START条約の規制対象外であった長距離核魚雷などの新型兵器システムへの対処を求めています。更に付言すれば、権威主義的ナショナリズムの台頭と深刻な地政学的緊張は、これら三つ巴の交渉の進展を妨げる要因ともなっているのです。
このような大きな障害があるとはいえ、今春〔の2026年4月27日から5月22日まで〕には、5年ごとに開催されるNPT再検討会議が控えていることを考え合わせれば、〔NPT上の核兵器国である〕アメリカ、ロシア、中国の三国は、NPT第6条の義務に基づき、「核軍備競争の早期の停止」と核軍縮に関する交渉を誠実に追求しなければならないことを強調しておく必要があります。
1968年にNPTに関する交渉が妥結された際、核軍備競争の停止とは、アメリカとソ連が保有する戦略核兵器の制限、核爆発実験の禁止、そして、核兵器用核分裂性物質の禁止を意味すると理解されていました。
つまり、核軍備競争を終結させることは、核兵器廃絶を意味する〔全面的かつ完全な〕核軍縮の交渉への道筋をつけるものであると考えられていたのです。
1970年にNPTが発効すると、アメリカとソ連は、核兵器の運搬手段やミサイル防衛システムの制限を目的とする二国間条約の交渉を通じて、軍拡競争の抑制に向けて迅速に動き出しました。
それでも、ソ連の核弾頭数は、1980年代の半ばまで増加し続けました。その後、一連の核軍縮条約、とりわけ、1991年の第一次戦略兵器削減条約(STARTⅠ条約)により、アメリカと〔ソ連を継承した〕ロシアの核戦力は劇的に削減されたものの、今現在に至っても、両国には文明を破壊し尽くしかねない数の核弾頭が依然として残されたままなのです。
新START条約の失効に伴い、アメリカ、ロシア、中国、そして、その他の核兵器保有国についても、核兵器の保有量を制限する軍縮条約は皆無となりました。中国は核戦力を増強しており、アメリカとロシアもこれに追随する構えを見せています。また、これら三国は、それぞれ異なる方法で核兵器の多様化と運搬手段の能力向上を推進しています。
現在進行中又は計画中の核戦力の増強・多様化・近代化は、核軍備競争の早期停止というNPTの目的を否定するものであり、また、NPTの目的を追求する上での〔NPT第6条により課され、1996年の核兵器勧告的意見において交渉を「完結させる義務」があると認められた完全核軍縮の〕誠実な交渉義務という法的要件にも反するものなのです。
今次の第11回NPT再検討会議は、この危険かつ違法な傾向を逆転させるためのイニシアティブを開始するのに相応しい場となるでしょう。その際には、アメリカ、ロシア、中国の三国間による核軍備管理〔の「新たな枠組み」〕は、核兵器のない世界の「枠組み」を構築するための多国間交渉を排除するものではなく、また、排除されるべきでもないことが強調される必要があります。
*(出典)John Burroughs, “After New START, Accelerated Nuclear Arms Racing?”, Inter Press Service(IPS)Website, 12 February 2026, available at <https://www.ipsnews.net/2026/02/after-new-start-accelerated-nuclear-arms-racing/>.
本稿は、2026年2月12日付けでインター・プレス・サービス(1964年創業のイタリア・ローマに本部を置く国際的な非営利通信社)のウェブサイトに掲載された著者の意見記事を訳出したものである。本稿では、2026年の第11回NPT再検討会議の重要問題の一つとなる新START条約(New Strategic Arms Reduction Treaty)の失効に伴う今後の軍備管理の問題について、核兵器の廃絶を目指す市民社会の立場から、どのように認識し対処すべきかが率直に語られており、複雑かつ専門的な議論になりがちな同問題のエッセンスを理解するのに資するものといえよう。本稿の主題に引き付けて端的にいえば、新START条約の失効を象徴的な契機として核軍備競争は更に加速すると予想されるのであり、今、過去数十年間にわたって積み上げられてきた規範(その中には被爆者がその生涯をかけて訴え続けてきたいわゆる「核のタブー」の規範が当然に含まれる)の力を最大限に活用して、ありうべき「ポスト・トランプの世界」を見据えつつ、法の支配を踏みにじる剥き出しの暴力ではなく民主的な言説と対話の力により、これにブレーキをかける市民社会の知恵と努力の在り方こそが問われている。
なお、第11回NPT再検討会議での議論が想定される他の重要問題(核威嚇、核共有、消極的安全保証、高濃縮ウランの拡散問題等)を取り扱った論稿として、核政策法律家委員会「核不拡散レジームに対峙する核威嚇と核共有」反核法律家115号(2023年)18—27頁(日本反核法律家協会(JALANA)のウェブサイト<https://www.hankaku-j.org/data/07/240109.html>で利用可能。同論稿は2022年の第10回NPT再検討会議に際して公表された提言書である)、ジョン・バロース「許されない核兵器による威嚇:核の威嚇・恫喝・脅しの国際法上の評価」反核法律家 120号(2024年)33—40頁(JALANAのウェブサイト<https://www.hankaku-j.org/data/07/250407.html>で利用可能。なお、著者の略歴については同論稿を参照のこと)がある。また、中東非核・非大量破壊兵器地帯の創設問題もNPTの最終文書採択の可否を左右する重要問題であるといえるが、2026年2月28日より開始されたアメリカとイスラエルによるイランへの軍事攻撃は、それ自体が明白な国際法違反であって非難されるべきものであることにとどまらず、NPT体制の存続に深く影響する最重要問題ではあるものの、同問題の見通しにも直接的な影響を与えるものである。これらの諸問題に係る国際反核法律家協会(IALANA)の見解として、「アメリカとイスラエルによるイラン空爆は国際法違反である:国際反核法律家協会(IALANA)による2026年3月9日付けの声明」(JALANAのウェブサイト<https://www.hankaku-j.org/statement/ialana/260309.html>で利用可能)もあるので、本稿と併せて参照されたい。
本文中の〔 〕は訳者が補ったもので訳注を兼ねている。ウェブサイトのURLは2026年3月29日の時点で接続を確認した。