日本反核法律家協会 会長
大久保賢一
政府高官が「日本は核兵器を保有すべきだ」との趣旨の発言を行ったと報じられた。本件は、単なる個人の失言として片付けられるべきものではなく、政府の核政策の方向性、憲法解釈、安全保障政策、さらには国際法上の義務に関わる重大な問題を含んでいる。被爆国の政府関係者から核保有を示唆する発言が出たこと自体、国際社会に対する日本の信頼性を損ない、核不拡散体制に深刻な影響を及ぼす可能性がある。
まず、本件発言が「政府高官」という匿名の形で報じられている点は、政策形成過程の透明性と説明責任の観点から看過できない。核兵器保有の是非は、憲法9条の解釈、核不拡散条約(NPT)体制、国際人道法、さらには国際政治上の均衡に直結する問題であり、匿名のまま世論の反応を探る“観測気球”として扱われるべきではない。政府は、発言の真偽および発言者を速やかに明らかにし、政策決定過程の透明性を確保すべきである。
次に、政府の核政策に対する態度を踏まえると、今回の発言は偶発的なものではなく、既存の政策基調の延長線上に位置づけられる。政府は2016年、「必要最小限度の自衛のための核兵器は憲法上必ずしも禁止されない」との立場を示し、核兵器の保有を法的に排除しない余地を残した。また、日米同盟における「核抑止力」への依存を強調し、核兵器禁止条約(TPNW)には一貫して否定的な姿勢を示している。これらの政策は、核兵器の役割を縮小させようとしている国際的潮流とは逆行し、核抑止力の維持・強化を前提とした安全保障観に基づいている。これは、国際法と国際政治の到達点を後退させるものである。
今回の発言は、こうした政策基調の中で、政府内部に核武装の可能性を検討する余地が生まれていることを示唆するものであり、核不拡散体制に対する日本の立場を揺るがしかねない。NPT第2条は非核兵器国に対し核兵器の取得を禁止しており、日本が核保有を検討すること自体、国際的義務との整合性を問われる。また、核兵器を保有するということは、究極的には使用することを前提とすることにほかならない。核兵器の使用がもたらす無差別性・非人道性は、国際法上の基本原則に反するものであり、日本がこのような立場を示すことは、国際人道法上の深刻な問題を生じさせる。
さらに、被爆国としての日本の歴史的責務を考えると、政府高官による核保有発言は倫理的にも政治的にも重大な逸脱である。広島・長崎の被爆者は、核兵器の非人道性を訴え続けてきた。国民世論も核兵器に対して明確な拒否感を持ち、非核三原則は国是として長年支持されてきた。政府内部から核保有を容認する発言が出ることは、こうした歴史的・社会的基盤を揺るがし、非核三原則の実効性を損なう。
非核三原則は単なる政策スローガンではなく、憲法の平和主義、国際法上の義務、そして被爆国としての道義的責務を統合する基盤である。これを形骸化させる動きは、国内外の信頼を損ない、日本の安全保障環境をむしろ不安定化させる。
以上を踏まえ、当協会は政府に対し以下を求める。
被爆国日本が核武装の可能性を示唆することは、国際社会に対する重大な背信行為である。当協会は、核兵器のない世界の実現に向け、法的・倫理的観点から引き続き強く発信していく。
2025年12月22日